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尺八について
尺八の魅力はそのシンプルさであろう。構造がシンプルだから芸の奥が深いと言える。基本的な作り方は竹の根部分を切り取り、中の節をくりぬき、 5 つの穴をあけ、管の天辺に歌口という吹き口をつくる。それだけである。音だしは小学校でならう縦笛(レコーダー)に似ている。歌口に空気を流し込むことにより、振動周波がおこり音がでる。
ただし、レコーダーと違い尺八は簡単には音がでない。なぜなら、レコーダーは楽器の構造に工夫がしてあり息を吹き込むと自然に音を出す為の波がおこるようになっている。尺八は息の流れの適切な角度と方向を自分で変える事で、ピッチをコントロールし、同時に強弱(陰影)と音色を決める。伝統的な尺八音楽は、夏の雨、秋の風、山の湖沼など自然の声を描写する。

尺八は7〜 8 世紀にかけ、百済、高句麗、唐などから日本に伝えられた。最古の記録は日本書紀(720年)にも見られる。当初は主に雅楽楽器として宮中の貴族階級の間で使われた。その頃の現存する最古の尺八(古代尺八)が今日でも正倉院に保管されている。奈良時代には楽制改革により雅楽の楽器群から除外されるがその後は武士、農民、僧侶などの庶民の娯楽楽器となった。この頃の尺八は一節切(ひとよぎり)尺八といい、節が一つだけのものであったが、江戸時代中期にかけ、広く一般大衆に広まったという。江戸時代後期になると一節切尺八に変わり、虚無僧尺八(中国の禅僧普化を祖と仰ぎ、その後普化宗という禅宗の一派を称える宗教集団で尺八を吹き教えを説いた)が台頭し、虚無僧達によって全国に広められた。
又伝説によると、帯刀を禁じられた浪人が、尺八を長く厚く改造し武器として持っていたとも言われる。近代には、琴古流、都山流などの流派が誕生し今日に至っている。そして現在、尺八は現代邦楽、民謡、その他幅広いジャンルで脚光を浴び、広く海外でも禅ミュージックとして関心を集めている。

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